韓国の「シリコンバレー」とも呼ばれる板橋(パンギョ)。Pangyo Techno Valleyで開催された「Pangyo Global Media Meetup」で、スタートアップ企業 Brain Ventures の独自のAIプラットフォーム「AI Powered SFGOC」を取材しました。
ここは、韓国の京畿道(キョンギド)城南市盆唐(ブンダン)に位置する、ハイテク産業エリアで、ソウルの南に隣接したエリアにあり、「韓国のシリコンバレー」とも呼ばれています。情報技術(IT)をはじめ、バイオテクノロジーや人工知能(AI)、ゲーム開発、スタートアップ支援など多様な分野の企業や研究機関が集中している点が大きな特徴です。
韓国政府と地元自治体が共同でインフラを整備し、企業の誘致と育成に力を入れたことで、KAKAOやNHNなどのIT大手や有望なスタートアップが拠点を構えるようになり、大企業とベンチャーの協業や、豊富なベンチャーキャピタルの存在が相乗効果を生み出しています。
優れた交通アクセスも強みの一つで、首都圏の地下鉄や高速道路の利用が便利なほか、周辺にはオフィスビルや住宅街、商業施設、国際学校といった生活環境が整備されています。こうした企業・研究機関・投資家・公共団体が結集するエコシステムが形成されているため、Pangyo Techno Valleyは、アジアを代表するイノベーション拠点となるべく成長を続けています。
お話を伺ったのは、CEO Wonhoi Kim氏です。Brain Ventures が取り組むのはテキスト・画像・音声を統合した“マルチモーダル”AIモデルのSaaS化。具体的には日本で市場が拡大してきているWebToon、いわるるWebマンガのAI翻訳がメインです。同社は「翻訳」と「組版」を自動化・高速化するソリューションを開発しており、これによって人間が担ってきた膨大な作業工程を一気に削減できるといいます。
「韓国企業は依然として人間による翻訳や組版を重んじる傾向が強く、AI活用に対する懐疑心が残っています。高品質な翻訳モデルと自動組版技術を導入することで、人力作業によるコストや時間の大幅削減につながるでしょう」
すでに韓国政府や主要銀行からシード投資を獲得済みで、スタートアップ向けのR&D支援プログラム「TIPS」に応募して追加の資金調達を期待しているとのこと。これらの投資および政府支援を背景に、同社は「2年以内に完全自動化されたAI翻訳・組版システムの実現」を最大の目標として掲げています。
強みは、言語学の博士号を持つ専門家を含む20名程度の開発チームが在籍し、フロントエンドとバックエンド、AI研究を自社内で一貫して行う体制があるため、開発から実用化までのスピードが速いこと。また、AI翻訳の精度です。取材で一番興味深かったのは、同社が「文化的背景をもとにした正確な翻訳」に本気で取り組んでいる点でした。
たとえば日本語で一人称を「儂(わし)」とした場合、その言葉には使用者が生きる時代背景が現代ではない可能性、あるいは高齢者であること、さらには身分の高い人物であるといった多様なコンテクストが含まれます。同社のAIはこうしたニュアンスを瞬時に判断。無理のない翻訳やセリフの割り当てを可能にしていました。
AIは物語の背景をどう学習するのか。その秘密はペルソナ学習です。
「翻訳精度を上げるためにテキストや画像情報に加え、キャラクターの属性や文脈などのペルソナ的な要素を学習させています。これにより、AIは漫画の中のテキストや画像、個人の属性データを統合し判断できるようになります」
韓国国内では、ウェブ漫画やオンライン小説の翻訳・組版分野を最初のターゲットとし、すでに複数の企業との協業や契約を進めており、今後は映画やOTT(動画配信サービス)、ゲームといったエンターテインメントの分野における字幕や吹き替え、さらには教育ビデオや紙媒体のデジタル化など、多方面へ事業を展開していく方針。大手IT企業とのM&Aやパートナーシップも積極的に協議しており、すでに米国企業との間でMOUを締結したり、Photoshopと組み合わせたソリューション開発の案が持ち上がったりと、周辺領域への応用を視野に入れた動きが加速しているとのこと。
世界各国へ多言語コンテンツを輸出する企業からの依頼が増えているため、より多様な言語や文化的背景に対応するにはAIモデルのさらなる高度化が不可欠であると話しました。
「日本市場での検証が進めば、北米やヨーロッパにおいても同様の手法で翻訳と組版の効率化を図れます。オンラインショッピングや外国語教育の分野でも、多言語対応の需要は確実に高まっており、将来的にはユーザーがカメラやマイクを使ってリアルタイムに翻訳・編集した情報を取得できるサービスを目指しています」
これまで翻訳や組版の工程には人間による繊細な作業が不可欠とされてきましたが、Brain Venturesが開発するマルチモーダルAIと自動組版技術が実用化されれば、すべてをAIに任せる時代が到来するかもしれません。韓国政府や投資家の支援体制が整いつつある今、同社が述べる「2年で100%AI化」というビジョンがどこまで実現に近づくのでしょうか。
来年からは日本市場への本格的な進出を計画中で、すでに日本法人を設立し、日本市場における需要やビジネスモデルを綿密に分析中とのこと。日本法人の設立に加えて、さまざまな企業とのコラボレーションがどのように具現化していくのかも焦点になりそうです。