はじめまして、ガジェタッチ初登場の茂田カツノリと申します。初代iMacが登場した’90年代末頃にはMac雑誌や単行本などの執筆をしてましたが、昨今はあまり書いておらず書きたくなったので、こちらに寄稿させて頂くこととなりました。
ざっくり業務系ソフトウェアエンジニア兼ライター→IoT関連→秋葉原の電子機器屋というのが専門分野ですが、旅関連・宇宙関連についても素人知識ながら書きます。
人工衛星と宇宙のちょっとした話
このところ、特に民間企業による宇宙開発の話題が多くなっています。イーロン・マスク氏率いる「SpaceX」をはじめとした大小の民間企業による宇宙事業は、とっても夢がある話ですよね。
そしてロケットや人工衛星に関わるごく基本的なことを知っておくと、こうしたニュースもより楽しめるので、このあたりの「常識」に近いお話をしておきます。わかり易さ優先で細部を略しているので、その前提でお読みください。
まずは以下の3つの基礎知識を頭に入れて宇宙のニュースをみると、より理解が深まるでしょう。
【基礎知識1】ロケットは空気を押すのではなく反作用で推進している
「前に進む」というごく当たり前のことも、大気中と宇宙空間とでは根本原理からして変わってきます。飛行機はプロペラ機でもジェット機でも、後ろに向け空気を押すことで推進します。しかし宇宙だとロケットエンジンを噴射しても押す相手となる空気がありません。
実は宇宙ロケットは、質量のあるものを噴射することで起こる反作用で推進してます。この反作用を起こさせるための物質を「推進剤」と呼びます。燃料が推進剤を兼ねる場合もありますが、水などを別のエネルギーで噴射するような、燃料と推進剤が明確に異なるタイプのエンジンもあります。要は「重りを後ろに投げる」ということですね。
このことからわかるのが、宇宙に大きな物を運ぶことの大変さです。質量というのはイコール「加速のされにくさ」なので、重たい物を運ぶためにはそれに見合った質量の推進剤を搭載しておく必要があり、ロケットがどんどん大きく重くなってしまうというわけです。
【基礎知識2】宇宙船はエンジンを止めても飛び続ける
飛行機も自動車も、エンジンを止めたら空気抵抗などで速度が落ちてゆきます。しかし宇宙では一旦ついた速度は慣性の法則で保たれ、エンジンを切っても飛び続けます。
とはいえ人工衛星は若干ながら大気の影響を受けるので、高さを保つためにはときおり噴射が必要にはなります。巨大な国際宇宙ステーション(以下「ISS」)では、ドッキングした宇宙船(かつてはスペースシャトル、いまは各種補給船)によるロケット噴射を使っています。
地球軌道を離れて月や他の惑星に向かう深宇宙航行では、加速を続ければ速度は上がり続けます。ただし現代の技術ではそれほど強い加速を続けるのは技術的・原理的な難しさがあるので、遠くまで行く宇宙船は他の天体の重力を利用して加速するようなことをやっています。
このあたりを知っておくと、たとえばispace社の「**HAKUTO**-R」が、まっすぐ向かえば3日で到着するはずの月に3~5ヶ月かけて行くことの意味もわかってきます。
日本の宇宙スタートアップであるispace社は2010年会社設立。写真は2014年のメイカーフェア東京における発表で、この頃は筆者も夢物語と感じていたのだが、この2022年についに民間では世界初の月着陸船の打ち上げに成功。2023年春先に月に到着予定
【基礎知識3】人工衛星は永遠に落下し続けている
地球の周囲をたくさん回っている人工衛星は、地球に向かって落下し続けているとみなすことができます。落下はしているけれどある程度以上の速度であれば、落ちても落ちても地球の丸みに沿ってゆくので、地上には落ちてこないという状態になります。
この「落下しても地球の丸みに沿ってゆける」ための速度を「第一宇宙速度」と呼び、地表での計算上の値は秒速約7.9km=時速28,400kmです。実際には地表では空気抵抗で速度が落ちてしまうのであくまで計算上の話ですが、高度約400kmのISSが時速約28,000kmと、低軌道ではおおむねこのくらいの速度になります。
これについても大気中と宇宙空間との感覚の違いがあります。人工衛星は速度を上げると高度が上がり、軌道半径が大きくなります。そうすると速度が落ちるのです。なのでISSに宇宙船がランデブーする場合、後ろから接近した宇宙船が速度を落とすことで距離が近くなるという、直感的にはよくわからない動きになります。
前に見えるからって加速すると高度が上がり距離も遠ざかってしまいます。逆にブレーキをかけると前を飛ぶ宇宙船に近づきます。このあたりはSF映画でも描写が難しいところでしょう。
ということで、地球を周回するISSに地上から打ち上げたロケットをドッキングさせることがどれだけ難しいかも、よくわかります。
このあたりの話を考えると、映画「Gravity」(邦題は何故か逆の意味の「ゼロ・グラビティ」)について本物の宇宙飛行士が「現実にありえなさ過ぎる」と評する気持ちもわかります。
BSの衛星は「静止衛星」
世間でもっとも馴染み深い衛星といえば、NHK BSなどの放送衛星。これは地球の自転速度と同じ角速度にして、地表からみると上空に止まってみえるという、いわゆる「静止衛星」です。
静止衛星にするためには高度約36,000kmと、ISSその他の低軌道衛星と比べると桁違いに高くする必要があります。その代わり見かけ上動かないので、指向性の鋭いパラボラアンテナで受信ができます。
ただ、静止衛星は衛星携帯やStarlinkのような双方向通信を要する目的にはほぼ使えません。
その理由は大きく2つあります。ひとつめは衛星まで遠いため、地表→衛星の送信(=アップリンク)に大掛かりな設備が必要となる点です。スマホや小型の機器では電波を届かせるのも大変です。
もうひとつは反応時間が遅い点です。静止衛星とのやりとりは光速その他の事情を総合するとRTT(Round Trip Time)にして1,000m/sつまり1秒を超えてしまい、インターネットのやりとりはなかなか難しいのです。かつて存在した静止衛星によるインターネットサービスもアップリンクは電話回線など別ルートを使うというものでした。
このような事情で、衛星携帯やインターネット接続は、後述の「低軌道衛星をたくさん連携」させる手法が使われるのです。
衛星電話や衛星インターネットは「低軌道衛星」
ISS・衛星携帯・衛星インターネットなどは高度数百km~2,000kmまでの「低軌道衛星」を使っています。この高さだと地表からみて静止はしておらず、それどころかISSは1時間半程で地球を一周するという猛烈な速度になります。
こんな速度だと上空通過は一瞬で、ISSの上空通過をみれば、その速さがわかります。ISSは自分では光らないので昼間も夜も見えませんが、夜明け前と日没直後は地表が暗く上空が明るいのでこのタイミングなら肉眼で観測できます。
StarlinkやiPhone 14用も低軌道衛星を利用
SpaceX社による衛星インターネットの「Starlink」は高度550km近辺を皮切りに様々な高度で数千台規模の衛星を配置し、さらに台数を増やしています。衛星携帯電話やiPhone 14で使われているGlobalstarは高度約1,400kmで、フェーズ2時点で24機の衛星を稼働させています。
つまり低い高度の衛星なら通信距離も短くて済むので小さな機器で通信可能だけれど、衛星の移動速度が猛烈に早いのでたくさんの衛星を組み合わせ、常に通信相手がいる状況を作り出すというわけです。
このことから、BS放送はアンテナの向きを決定したらその後は動かさないようにする必要がある一方で、Starlinkや衛星携帯電話は基本は上空が見えてれば大丈夫という違いが理解できます。
iPhone 14の緊急通信とGlobalstar SPOT
iPhone 14発表時に「電波の入らない場所でも衛星によりSOSが送れる」という機能が話題になりました。これに使われているGlobalstarというサービスは基本は衛星携帯電話ですが、「SPOT」という名で山岳・海洋などのSOS通報システムも行っており、これは日本でも使用できます。
iPhoneの衛星経由SOS機能は原稿執筆時点では日本では利用できませんが、Globalstar SPOTがすでに日本でも使えていることを考えると、電波法というよりはSOSを受信し関係機関に通報する仕組みの整備という問題かもしれません(ここは筆者の推測です)。
なお若干裏話的ですが、初期のGlobalstar衛星は音声サービスに不具合が起きてしまい、低速通信しかできない中で使えるものをということでSpotが開始されたという経緯があるそうです(筆者が昔、Globalstarの関係者から直接聞いたことなので公式発表とは異なる部分があります)。
Globalstar SPOTは月額2,580円から。とてもシンプルなサービスですが、これがあれば救えた命はたくさんあるだろうなと考えると、もっと一般に普及してほしいと思うわけです。