前回に続き、韓国、板橋(パンギョ)にある「韓国のシリコンバレー」Pangyo Techno Valleyから、入居中のスタートアップにお話を伺いました。
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新型コロナウイルスの感染拡大によって生活様式が大きく変わった2020年代ですが、その中で新たな技術や製品が数多く生まれています。SMTは水質改善に関する製品を開発・販売を行うスタートアップです。
起業のきっかけはパンデミック中に発生したCEO Andrew Lee氏が体験した、自身の皮膚疾患でした。普段は銭湯に通っていたという同氏ですが、パンデミックで行けなくなった際、自宅の配管が原因で皮膚疾患を起こしてしまったと言います。
「古い配管が原因でした。適切な水質を保とうと浄水器など市販品を探してみたのですが、当時は見つからず、仕方なくプロトタイプを自作しました」
Lee氏は核工学や熱流体工学の研究室出身。さこで培った知識と経験で水質浄化装置シリーズを開発するに至り、現在は4製品を販売中です。
浄水器、浄水装置と聞くと家庭用を想像するかもしれませんが、SMTの製品は企業でも活用されています。すでに日本でもPOC(実証実験)の契約締結に向けた動きがあるほか、米国企業と協力しながらB2G(行政向け)ビジネスを計画しています。
世界的なコーヒーチェーン大手、スターバックスもSMTと実証実験を実施中です。スターバックスの担当者がこの浄化装置に興味を示した理由の一つは、「電気や電子機器を使わずに清潔な水を提供できる」こと。同社の製品はBluetooth接続でスマートフォンアプリと接続が可能で水質や水量をモニタリングできる仕様になっていますが、電源は一切不要。水流で電気を起こし、動力にしているのです。
大規模店舗での大量生産・大量消費が課題になる中、安定した水質とサスティナブルさ、コストパフォーマンスを両立するソリューションとして、スターバックスはSMTに期待を寄せているのでしょう。また、地域の水質に合わせてフィルターを調整、効果的に不純物を除去できるようカスタマイズが可能なため、現在はフィルターを通す前の水質データを収集し、使用量や頻度なども含め、クラウド上で管理する仕組みを開発中だといいます。
「このデータをもとに、パイプの交換時期の提案など建物管理のサービス提供も考えています。ファーストステップは浄水器本体とフィルターを販売するビジネスモデルですが、最終的にはデータをAIで解析し、自治体や大企業と連携して大規模に活用していく仕組みづくりを目指します」
フィルター販売を軸としたB2Cビジネスと、データ解析を伴うB2BやB2Gビジネスの両輪を回す戦略です。
Lee氏は、昨今、浄水器のフィルター業界は、安価な製品を大量流通させる企業との競争にさらされていると言います。
「低品質フィルターが市場を圧迫し、本来の浄化機能を発揮できない製品も多く出回っている現状を指摘。自身の製品の価格は189ドル(フィルターは12ドル)に設定されていますが、高品質さ、顧客満足度の高さ、そしてESG(環境・社会・ガバナンス)を念頭に置いた設計を行っているため、十分に差別化ができると考えています。プラスチックを使わない環境に優しい材質(トウモロコシ由来の素材)を採用していますし、電気や電池も不要です」
とはいえ、他国の企業による模倣のリスクは依然として高く、特許や知的財産権の保護にも注力していると話しました。
また、電力が不要であるという性質から、インドやアフリカなど電力インフラが十分でない地域にも適しており、中東の企業や団体からも引き合いがあり、規模を拡大できれば非常に大きな社会的インパクトが見込めると予測していますが「製品を増産するための資本が不足している」という課題があり、今後は資金調達の面での飛躍が期待されそうです。
日本での事業展開については、B2Bパートナーシップを軸に考え、地方自治体とのPOCを進めていますが、日本の代理店や共同出資者を見つけることが急務。Lee氏は日本市場において、特に家庭や介護施設での利用が大きな可能性を秘めていると考えているそうです。
「日本の入浴文化やシャワーデバイスへの需要、そして介護を担う方々の高齢者ケアなど、当社の製品が役立つシーンは少なくありません。将来的にはクラウドファンディングの形で日本の消費者に直接アプローチすることも計画していますが、まずは日本市場を熟知するパートナーとの出会いが望ましいですね」
今後は自治体や公共団体と連携しながら、展示会や見本市への出展を検討する意向も示しました。
自身の体験を元に生まれた商品という背景、核工学や熱流体工学の研究で培った知識と経験が同社の強み。技術的な優位性だけでなく、電力を使わずに水を浄化するという持続可能なアプローチが、世界的なSDGs推進の潮流に合致している点も大きなアドバンテージといえそうです。
今後、資本調達や生産面の課題が解消されれば、アジアをはじめとする各地域での事業拡大が一気に加速する可能性が高まります。コロナ禍という逆境から生まれたAndrew Lee氏率いるSMTの製品が、衛生環境の改善と水資源の持続可能な活用に貢献する日も、そう遠くはないかもしれません。