2026年6月5日、Apple丸の内で、Today at Appleのセッション「スポットライト:玉木新雌に学ぶ、伝統産業に変革をもたらすテクノロジー」が開催され、取材することができたのでレポートをお届けする。

スモールビジネスの経営者が、Apple製品やサービスをどう活用してビジネスを築いてきたかを紹介する無料セッション「Made for Business」シリーズの一環だ。今回登壇したのは、伝統産業である播州織を新しいビジネスへと生まれ変わらせた、tamaki niime創業者の玉木新雌氏。生産から顧客体験、業務効率化まで、テクノロジーをどう取り入れているかが語られた。
聞いていてまず感じたのは、テクノロジーの話というより「ものづくりの話」として進んでいくことだった。製品やスペックが主役になるのではなく、あくまで作り手の発想が先にある。そのスタンスが、セッション全体を通して一貫していた。
播州織を一点ものへ、tamaki niimeとは
tamaki niimeは、播州織の発祥地である兵庫県西脇市を拠点とするブランドだ。先染めや天然素材を使った伝統的な織物技術を活かし、ショールを軸にウェア、パンツ、靴下などを展開する。100名近いスタッフが西脇のラボ兼ショップで製作にあたり、鎌倉の店舗とオンラインショップでも販売している。

特徴は、一点ものを中心とした生産スタイル。これまでに登録した作品は40万点以上にのぼるという。会場でこの数字が出たときは、思わず聞き返したくなる規模だった。一点ずつ手をかけながら、その一点ずつをきちんとデータとして管理してきた、という積み重ねの大きさが伝わってくる。

働く人は高校生から82歳までと幅広い。7つの理念を掲げ、「働くためじゃない」という考え方や、地球・動物・植物も同じ生き物として共生するという思想を大切にする。玉木氏は、ファミリーのような会社だと語った。
「美しさ」で選んだApple製品
玉木氏はもともとテクノロジーに苦手意識があったという。そんな玉木氏の心を最初に捉えたのが、Macの洗練されたデザインと、直感的に使えるシンプルさだった。技術的なスペックより「美しさ」「シンプルさ」という言葉が先に出てくるあたりが、いかにもこのブランドらしく感じられた。
会場で流れた紹介ビデオには、チームの面々も登場した。織チーム兼システムエンジニアの大橋裕樹氏は、大手企業で約30年Windowsを使ってきたが、入社後はMacへスムーズに移行。「今、Macで不便に感じることはない」と語っていたのが印象的だった。
業務での使い分けも具体的だ。MacBookは持ち運びやすさと直感的な操作性、iPadは指先で作品情報を扱える点が評価されている。一点ものを一緒に探す体験を「宝探しのよう」と表現したのは、販売管理の阿江美世子氏。在庫が山のようにあっても、iPadなら指先ひとつで目的の一点を見つけられるという。現場の楽しさが伝わってくる言葉だった。

もちろん玉木氏本人もApple製品の愛用者だ。一番使っているのはiPhoneで、動物の写真を撮るのが大好きだそうだ。
業務でも、経理作業のためにMacを使っている。経理ソフトはWindows対応のものが多いが、「どうしてもWindowsではやりたくない、意地でも嫌だ」とシステム担当者に交渉。Parallels DesktopでMac上にWindowsを立ち上げて使っているそうだ。
事前の紹介が生きた、レジトラブルの対応
セッションで特に印象的だったのが、レジにまつわるエピソードだ。4年前、鎌倉での出店時に、肝心のレジ機材が届かないという事態が起きた。
ここのとき玉木氏が思い出したのが、以前にAppleビジネスチームから紹介されていた「iPhoneのタッチ決済」だった。手元のiPhoneだけで決済できることを知っていたため、その場で設定し、出店を無事に乗り切ったという。

何気なく受けていた紹介が、いざというときに効く。製品単体ではなく、日頃からビジネスチームとつながっていたことが支えになった、という話だった。こうした経験も経て、Macの導入は約10台規模へと拡大。現在はIntelチップからAppleシリコンへの一斉アップグレードも検討しているとのことだ。
Apple Businessサービス
セッションでは、Apple Businessサービスも紹介された。iPhone、iPad、Mac、Apple Vision Proをビジネスで効率的に活用するための仕組みで、1台から1万台規模まで対応する。

主な機能は、デバイス管理、アプリの一括配信、ブランド管理、iPhoneのタッチ決済、煩雑な作業を自動化するAdmin APIなど。100名のスタッフ全員に必要なアプリを一括インストールしたり、新しいデバイスに設定を自動で適用したりできる。設定の手間を減らし、本業に集中できる点がメリットだという。個人で感じる使いやすさを、そのままチーム全体に広げるという発想がわかりやすかった。
地図に載せ、そこから次の一手を読む
活用の話は、店舗の見つけてもらい方にも及んだ。tamaki niimeでは、西脇と鎌倉の店舗情報を「マップ」アプリに登録しているという。地図サービスに店舗を載せておくことは、来店型のビジネスにとって重要な一手だ。

興味深いのは、その先だ。Apple Business Connectを使えば、店舗を探した人がどのエリアから検索しているかといったデータを把握できる。玉木氏は、この情報を新規出店エリアの検討に役立てる構想を語った。検索の多い地域に店を出してみる、という具合だ。
地図に載せて見つけてもらう。そこで集まったデータを、次の出店の判断に使う。一つの機能で完結させず、入口から戦略まで地続きで考えているのが伝わってきた。派手な機能の話ではないが、テクノロジーを道具として使いこなす姿勢が、ここにもよく表れていた。
Apple Vision Proを使ったコンテンツも?

今後の展開についても語られた。恵比寿に新店舗を計画中で、Apple Vision Proを使った播州織の体験コンテンツも検討しているという。
当初は海外出店を計画していたが、現在は来店型の戦略に転換。オーストラリアやニュージーランド、カナダなどからツアー客が訪れるといい、日本のテキスタイルへの関心の高さを実感していると話した。攻め方を一度決めても、状況を見て柔軟に切り替えていく。その身軽さが、ものづくりにもビジネスにも共通しているように見えた。
「トラブル、エブリデイ」、でも新しい挑戦はやめない
最後に行われたQ&Aセッションでは、新しい挑戦への向き合い方が語られた。トラブルは毎日起きる。「トラブル、エブリデイ」という前提で運営し、失敗を恐れず「波乗り」のように対応する。社長が慌てるとスタッフが相談しづらくなるため、常に冷静でいることを心がけているという。

また、最後にこれから挑戦する人に向けて「挑戦を続けること。失敗を恐れず、常に新しいことを見つける姿勢を持つこと。」というメッセージを送っていた。
伝統産業とテクノロジーというと身構えてしまいそうだが、玉木氏の話にはその気負いがなかった。技術はあくまで道具で、ものづくりの理念を静かに後押ししている。伝統を守ることと、新しい道具を取り入れること。その二つが対立せず地続きになっている点に、このブランドの強さがあるように思えた。
