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iTunesとiPod、Spotify、Apple Musicの流れ
iPodの終焉をきっかけに、iTunes、iPod、iPhone、App Store、Apple MusicというApple社内の製品とサービスの変遷と、関連するNapsterやGoogle、Spotifyといったテクノロジー企業との競合について触れてきました。
Appleを評価すべきは、2014年にBeatsを買収したことです。自社の音楽ビジネスをまるっきり転換させる意思決定を下すことができたわけで、これだけの大転換を、あんなに大きな企業がやってのけた点は、なかなか例を見ないことでしょう。
この買収の背後には、App Storeで実現したマルチサイドプラットフォーム(MSP)のビジネスモデルへの転換による時価総額1兆円、2兆円、3兆円一番乗りでの達成と、サブスクモデルへの転換によるトレンド変化を見逃さなかったこと、音楽でもMSPの実現を目指し、顧客のライフタイムバリュー(LTV)にこだわった点がありました。
もう少し音楽ビジネスの観点から整理してみると、こうなります。
- iTunes Music Storeで、Appleはデジタル音楽流通を実現し、レコード会社とユーザーをiPod+iTunes上で結びつけた
- Spotifyは、音楽サブスクリプションサービスとして初めて膨大なユーザーを集め、プラットフォーム上でユーザーとアーティストを結びつけた
ではSpotifyと同じモデルを採ったApple Musicの差別化要因は何でしょうか。それは、アーティストと各国の音楽文化へのコミットメントの違いではないか、と思います。
Appleはレコード会社との窓口として、Appleの各国の子会社(日本の場合はiTunes株式会社が存在)を通じて、各国のアーティストのプレイリストや音楽のトレンド、ラジオ番組の制作などをAIではなく人の手で行っています。
プレイリストの選曲や紹介のコメントのクオリティは極めて高く、音楽雑誌が組み込まれているような体験が待ち受けています。それだけ、人の手によるクリエイティブによって、アーティストがより魅力的かつ正しくユーザーに紹介される手助けを行っているのです。
これは、フィル・シラーが考えたMSPにおける両サイドの顧客へのマーケティングと気づかいがきちんと反映された結果だと思います。
この部分の評価は若い世代にも伝わっており、SpotifyよりApple Musicの方が良い、と考える大学生も少なくないのです。
iPodを終焉させたことも偉いが、AirPodsはずるい
もう一つ、Appleが偉かった点は、iPodを自ら終了させた点でした。全体の売上の1%になった2014年に、もはやビジネスユニットとしての存在感はなくなっていましたが、それでもLossless音源を持ち運ぶためにはiPhoneだと容量を圧迫して不便という声に応えるように、音楽再生デバイスとしてのiPod touchを残していました。
しかし2021年にApple Musicが空間オーディとと共にLossless音源をサポートしたことで、ストリーミングでもLosslessを楽しむ事ができるようになったのを待って、iPod touchの終了を宣言したのです。
さて、ではiPhone上でのiPodの仮想化と、音楽ストリーミングサービスの導入、MSP強化によってLTVを最大化するという壮大なビジネス転換の実験は、成功したのでしょうか?
正直なところ、この結果は煙に巻かれたというのが実際の所じゃないか、と思います。というのも、2016年にiPhone 7とともに登場したAirPodsの存在です。
この製品は極めてiPod的な、顧客課題を解決するというデザイン思考に忠実なストーリーで作られており、2年先行する技術とデザインでワイヤレスヘッドフォン市場を席巻しました。Netflixすら、AirPods単体の売上高に及ばないとされるほど、大成功したプロダクトになったのです。
フィル・シラーはAirPodsについて「iPod以来のAirPods現象を巻き起こしている」と評していました。Apple Musicが、AirPodsが受け入れられる土壌を整備してきた点は認めますが、iPod仮想化とサブスク化によるLTV最大化という、正面からの勝負をかわしてゴールをさらったような感じがしてなりません。