義務教育を受ける児童生徒のために、1人1台の学習者用PCと高速ネットワーク環境などを整備する5年計画として、2019年にスタートしたギガスクール構想。それよりも一足早く、iPadを学校に取り入れ、ICT教育を推進してきたのが近畿大学附属高等学校、中学校だ。今回、教育改革推進室室長の乾武司先生に、導入までの経緯と、どのように活用しているかを伺った。
iPadを使って10年、どこよりも早いiPad教育のきっかけとは
乾先生の担当教科はもともと、理科(生物化学)だ。近畿大学に着任してすぐ、校内のIT化を進め寝る部署に着任し、教科として「情報」が立ち上がった際には、すぐ情報免許をとり、情報教育カリキュラムの作成に携わった。2012年になると、iPadを導入する計画が持ち上がり、2014年、ICT教育推進室室長に着任、2019年度から教育改革推進室の室長として活動している。
最初の導入は、2013年度。高校1年生約1000人に、1人1台自由に使ってもらう環境を整えた。現在は、各学年で約3000人、中学生が850人、教職員約200人と、なんと合計4000台のiPadが常時動いている。導入費用については個人負担で、保護者が購入する仕組みだ。学校が一括で購入し、配布を行なった上で、各自で運用している。
投入当時ほとんどの学習アプリケーションは存在していなかった。ただ、最初の目的は「先生と生徒をデジタルでつなぐこと」。ICTは(Information and Communication Technology)の略だが、ここで言うところの「コミュニケーション」に特化した導入だった。
まず、学習ポータルを整備しクラウドを本格的に活用。生徒と保護者それぞれに独立したアカウントを発行、教師と保護者が個別に連絡を取れるようにした。
ここで重要な点は、学習のみに利用を限定せず、生活全般での利用推進していたことだ。できるだけ制限をゆるくし、生徒の自由な利活用を促進した。その際に掲げていたのが下記の三つのスローガンだ。
Free Internet
Free Apps Download
Free Use 24hours
まず、自由にインターネットにアクセスできること。アプリはApp Storeから好きにダウンロードして良い。そして、時間制限をかけず、好きな時間に使えるようにした。これに関しては内外からも議論があったそうで、特にアプリのダウンロードについては、自由にさせていいのか、何か問題が起こるのではないかと懸念されていた。乾さんはこう語る。
「当時の校長が”生徒は未来からの留学生。これからの世界、テクノロジーとICT機器が当たり前の世界で生きて行く力をつけるべきだ”と。中高生の段階で、常に身近において、使わせないといけないんだと。校長に背中を押してもらい、この環境を整えられたんです。」
iPadを使って10年、どこよりも早いiPad教育のきっかけとは
ここで疑問なのは、なぜiPadだったのか?ということだ。決め手は何だったのか。乾先生は言う。
「直感的に使えて、操作が簡単で、故障が少なく安定している。そして標準アプリケーションが充実している。写真や動画の撮影、編集、音楽作成、プレゼンテーションまで、連携した操作体系である。そして最も重要なのは、App Storeの存在です。」
Appleが提供するApp Storeには、無数のアプリケーションがあり、ユーザーが自由にダウンロードできるようになっている。他のアプリストアとの大きな違いは、すべてのアプリケーションに人の目でチェックが入っていることだ。
これにより、マルウェア等への感染リスクが低くなり、ハッキングツール等が流通しにくい。このことが学校側が求めていた、生徒たちに自由にiPadを使わせられること+アプリを自由にダウンロードでできる環境として、決定打となった。
Appleは、アプリストアを介さずにダウンロードする行為、いわゆる”サイドローディング”を許可していない。(一般的には野良アプリと言われることもある)。もし、このサイドローディングが可能なタブレットだった場合、ICTの教育環境は著しく悪化すると乾さんは感じたそうだ。
「サイドローディングが可能な端末だった場合、我々は、アプリのダウンロードに制限をかける必要が出てしまう。iPadは生徒に自由に使わせてこそ意味がある。App Storeの存在は大切だと感じます」
一人一台の情報端末が導入されたとき、一体何が起きるのか
iPadを早くから導入した学校として、見えてきたことがある。それは、情報伝達の仕組みだ。
これまでは、世界の情報から生徒に教えるべき情報を抽出し教科書に掲載、それを教師が伝えるというのがセオリーだった。それが今では、インターネットを介して生徒自らが直接情報にアクセスできるようになった。教師と生徒が利用できる情報に差がなくなることで”教師だからといって、知識の差でマウントを取ることができなくなった”という。
実際の授業でも、乾さんはそれを実感した。たとえば、地層の授業。導入前までは先生が情報を調べ、ジュラ記はどんなものだったか、どんな生物がいたのかを懇切丁寧に説明していた。iPad導入後は、グループでの学習に切り替えた。生徒には、同じ”ジュラ記”を扱いながら、調べる項目をグループごとに振り分け、それぞれに発表するKeynoteをまとめさせた。
「自分がまとめるよりも遥かに充実したスライドが出来て、驚きました。」
生徒に任せたことで、高いレベルが期待できるようになったのだ。他にも、iPadを使うことで表現方法も多様化したと言う。
たとえば、高校3年生の生物基礎バイオーム図鑑プロジェクトでは、動画の制作を行なった。生徒達は、iPadを使ってグリーンバックで撮影し、iMovieで簡単に背景との合成、あたかもその場所に行ったかのような動画を作り、動画版の図鑑を完成させた。こうした動画での表現やマルチメディアを活用したプレゼンテーションはiPadなしでは、出来ないことだろう。
「ICT教育を行うことで、生徒自ら学ぶことができる、双方向にコミニケーションできる、表現方法が多様化すると言うメリットがありますが、特に表現の多様化については、iPadがないと出来なかったと感じます。アウトプットをクリエイティブなものにすると、おのずと生徒の学びは主体的なものになる。そして、そのアウトプットが講師の想像を超えてくると、何事にも変え難い喜びを感じるんです。」
こうして、iPadを使う際にも自由度を高めることで、生徒たち、学校にとっても良い影響を与えることが浸透していった。
「生徒自身に任せることに不安がないわけではありませんが、生徒たちが”任されているんだ”という責任感を自覚させるほうが大事です。こうした授業やコミュニケーションを続けることで、学校は生徒と一緒に作っていくもの、学校行事も生徒に任せようという良い流れになっていきました」
今や、コロナ禍でオンライン授業が当たり前になった。便利になった一方で生徒たちが登校してくる意味はなんなのか?が問われている。
「生徒が来てくれるのが当たり前だった学校の立場はかわりました。本当に学校でなければできないこと、学校がプレミアムなものであるという価値を提供していく必要があります。」
グループでクリエイティブにふれ、アウトプットを作る。そして自由な環境で体験し、責任を任される。そこから主体的に学ぶこどもたちが、生まれていくのだろう。