iPodは2001年に登場したデジタル音楽プレイヤーでした。2022年5月、Appleは、現在販売されている唯一のiPodである「iPod touch」を在庫限りで販売終了とし、21年という長い歴史に幕を下ろすことが決まりました。
Appleは「DNAは音楽と共にある」と、音楽を大切にしている会社であることを協調してきました。ただし、このメッセージの裏には、Appleが作ってきたデジタル音楽流通という旗印と、時代の変化を映し出す駆け引きが存在していました。
iPodがなぜ画期的だったのか?
筆者も2001年にiPodを使いたくて、真っ白なiBook G3を手に入れたところからAppleユーザー歴が始まりました。コンピュータのプラットフォームを乗り換えるほど、iPodを活用する音楽ライフは、音楽好きにはたまらない画期的なモノでした。
当時、音楽をよりアクティブに楽しむには、CDを大量に持ち、しかもより小型で読み書きが可能な「MD」というカートリッジ型の光磁気ディスクのデッキとポータブルプレイヤーを持ち、「DATこそ至高」という声を煙たがりながら、CDからMDにデジタルで録音して、好きな74分の組み合わせを大量に作り出さなければなりませんでした。
これがiPodなら、予めデジタル化した音楽をiTunesの上でプレイリストとしてマウスで並べ、データとして同期すれば良くなりました。74分のMDを用いるのに、録音時間だけでも74分必要だったMDに比べると、圧倒的に編集時間が短くなるため、画期的だったのです。
しかも「1000 songs in your pocket」というキャッチコピーの通り、CDもしくはMD 100枚分の音楽を小さなサイズで持ち運べます。これはとてつもなく大きな価値だった、というわけです。
iTunes Music Store
AppleはiPod向けにデジタル音楽を直接購入できる「iTunes Music Store」を開設しました。当時はMP3がP2Pで不正にダウンロードされる問題が取り沙汰されており、Appleはデジタル著作権処理(DRM)を施した音楽ファイルを1曲0.99ドル(120円)で購入できる仕組みを整えることで、レコード会社を説得して回ったのです。
これによって、ユーザー体験も飛躍的に良くなりました。それまではCDをMacやPCに取り込んで、そのファイルをコピーしなければなりませんでした。しかしiTunes Music Store登場後、1曲単位で音楽をデータで購入し、これを同期するだけで良くなります。物理的なCDを介さず、iPodで音楽を聴くことができるようになった点が価値でした。
みんなiPodが作りたかった
AppleにはSteve Jobsが唱える『デジタルハブ構想』がありました。あらゆるデジタルデバイスの中核(ハブ)に、パーソナルコンピュータ、すなわちMacを据えるという戦略です。
デジタルハブという言葉を発表する前に、これを具現化しようと取り組んだ最初のテーマは、デジタルビデオでした。
iMacにFireWire(iEEE1394 / i.LINK)を搭載し、デジタルビデオをMacに取り込んで編集できるという仕掛けです。正直なところ、当時のデジタルビデオ編集は非常に時間がかかり、万人のものとは言えませんでした。
そこで白羽の矢が立ったのが音楽。しかも制作ではなく聴取でした。
サウンドジャムという企業を買収し、iTunesを完成させ、デジタルハブ構想と共に2001年1月のMacworldで発表します。東芝がリリースする1.8インチの小型ハードディスクを見つけ、これを実装する音楽プレイヤーを企画、2001年10月にiPodを発表しました。
ある意味においては、AppleがiPodをリリースできた背景には、デジタルハブ構想における『ビデオ』というテーマでの失敗が下敷きになっています。
しかし、顧客中心の製品を急ピッチで開発する手法として注目される「デザイン思考」においては、「古典的なデザイン思考の成功事例」として、ハーマン社のアーロンチェアと共に、iPodが挙げられています。これはIDEOの創業者、ティム・ブラウン氏に、2012年のTED Conferenceで同席した際、筆者が直接尋ねた際の回答でした。