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iPod+iTunes が提供した顧客価値は「時間」と「質量」の削減 – シリーズ「iPodの終焉とAppleのビジネスモデルの変質」(2)ITジャーナリスト松村太郎のTaro’s eye

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Goodbye MD

iPodのキャッチコピーで有名なものは、「Goodbye, MD」と「1000 Songs in your pocket」でした。これはまさに、iPodが実現していた顧客提供価値そのものだった、と振り返ることができます。

筆者もMDは愛用していて、CDを購入しては好きな曲順のMDを編集して楽しんでいました。しかし、この作業は非常にお金と時間がかかる趣味でした。

CDを購入する場合、1万円で3〜4枚が限度。しかも渋谷のHMVで「ジャケ買い」しながら新しい音楽に出会っていたため、ハズレもあり得るわけです。ハズレを考慮しないとしても、1ヶ月に1万円かけて出会える音楽の曲数は最大でも40曲程度で、それ以上の音楽に出逢おうとすえれば、更なる投資が必要でした。

現在学生料金のApple Musicは月額480円。この金額で新曲から往年の名曲まで、8000万曲に好きな時にアクセスできるわけですから、本当に幸せな世代だと思ってしまいます。もちろん、生活の中での音楽の重要性が20年前と比べると下がってしまっていることもあるのかもしれませんが。

音楽との出会いにお金がかかるだけでなく、好きな音楽の聞き方を手に入れるために、今度は時間が必要になります。20年近く完全に忘れてしまっていましたが、1枚60〜74分のMDを編集するためにかかる時間は、なんと2〜3時間でした。

CDからMDに曲を編集するには、CDデッキとMDデッキ(もしくはポータブルMDレコーダー)が必要で、光デジタルケーブルで結んでCDを再生させながらMDで録音する作業が待ち受けています。つまり、5分の曲をMDに録音するためには5分かかるのです。CDの入れ替えや曲順の並び替え、曲名の入力をやると、1枚のMDが思い通りに仕上がるまで、それなりの時間がかかることは想像できるのではないでしょうか。

Goodbye MDというコピーは、当時アクティブにMDを編集していた人たちにとって、首が取れそうになるぐらいにうなづけるほど、時間を大幅に節約することができるものでした。

iPodに先行して、iTunesが登場し、CDをMP3で取り込んでMacで管理する手法が紹介されました。こちらには「Rip, Mix, Burn」、取り込んで、編集して、(CD-Rに)焼くという新しいデジタル編集スタイルの実現を呼びかけ、音楽ライブラリのデジタル化を紹介したのです。

1000 songs in your pocket

デジタルで音楽ライブラリを管理し始めるのですが、出口は結局74分しか記録できないCD-Rを焼くことでした。つまり、1つのプレイリストの中身は、音楽CDとして焼く場合は10曲程度しか入れることができず、MP3だとしても100曲がせいぜい。

つまりいくらデジタルで音楽を管理し始めても、当時の再生手段であれば、結局自分で作成した音楽CDやMP3を収めたCD-Rを大量に持ち歩かなければならず、ディスクの入れ替えから解放されることはありませんでした。

そこでiPodの登場です。

5GBのハードディスクドライブであれば、1曲5MBの音楽は1000曲入ります。CDを入れ替えなくても、100枚分の音楽CDと同等の曲を持ち運ぶことができますし、アルバムの切り替えやアーティストごとの再生、自分で作ったプレイリストといった自在な『再生単位』を切り替えて楽しめます。

しかし「5GBのハードディスク搭載!」と宣伝せず、「1000曲がポケットに入る」と訴えた点が、製品開発からマーケティングまで一貫して顧客に対する提供価値にフォーカスしてきたことの表れであり、デザイン思考のお手本とされる理由でもあります。

ちょっと大袈裟かもしれませんが、iPodは、音楽を聴くという行為のなかで、「音楽を聴くまでに必要な時間」と「音楽を聴くために持ち運ばなければならない質量」を劇的に変化させた、顧客の時空をコントロールした製品だった、と位置づけることができます。

(つづく)

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松村太郎

松村太郎

ITジャーナリスト

1980年生まれ。ジャーナリスト・著者として、ITとライフスタイルの取材、記事や書籍の執筆活動を展開。2011年からの8年間、シリコンバレーを現地取材。知見を元にスタートアップから上場企業の支援も行う。2014年、長野県にプログラミング必修の通信高校「コードアカデミー高等学校」設立に尽力。2020年より新設の「iU」(情報経営イノベーション専門職大学)専任教員。

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