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「LTVが重要だ」
フィル・シラーさんには、何度もクパティーノで、ニューヨークで、インタビューをしてきました。App Storeの話題になったとき、「ライフタイムバリュー(LTV)が重要だ」という話が印象に残っています。
ライフタイムバリューは、顧客一人あたりからの売上のこと。せっかく捕まえた顧客が100円の風船ガムを1年間に5回しか買わないなら、5年見通してもLTVは2500円です。しかし歯磨きガムを習慣化してもらったらどうなるでしょう。1週間に100円買ってくれるようになり、5年間のLTVは24000円にまで上がります。
App Storeを担当するフィル・シラーがLTVを考えたとき、ハードウェアとしてはiPhoneをどれだけ長く使い続けてくれるか?という点が最も重要で、999ドルのiPhoneを2億台売りさばくことがゴールではないのです。
安いデバイスでも、毎年買ってくれなくても良いから、iPhoneプラットフォームに残り続けて欲しい。そのために長持ちしたり、転売価格を安定させるといった施策をとります。このあたりは自動車と同様ですね。
自動車と異なるのは、購入したiPhoneを使うために、App Storeでアプリをダウンロード購入してもらえるようにするプラットフォームを用意したことで、活用が進めば進むほど、アプリ消費が伸びていく形でユーザーのLTVを伸ばす仕組みを組み込んだことでした。
そのため、最近のAppleの指標は、デバイスの販売台数ではなく、プラットフォームのアクティブユーザー数や、サブスクリプション登録者数を指標としています。彼らのLTVをいかに高めるか?その指標となっているのが、プラットフォーム人口に対するサブスクユーザー数になっているというロジックが浮かび上がります。
音楽アプリはLTVを高めているか?
しかしここで問題となったのが、iPhoneで仮想化されたiPod(ミュージック)アプリです。
Spotify登場でより自由な音楽聴取の方法がサブスクリプション方式であると市場の理解が広がる中で、App Storeと同じように1曲いくらでの販売と、LTVの最大化が合わなくなってきたのです。
ソフトウェア業界でも、サブスク化の動きが拡がりました。2013年にAdobeはCreative Cloudを発表し、これまで1本5万円ほどで販売していたクリエイティブアプリを定額料金化し、成長軌道に乗せることができました。
それまで1年半から2年かけてバージョンアップを促してきたクリエイティブアプリの開発を、ユーザーのニーズを吸い上げながら随時反映させる方式とし、クラウドとAIの組み合わせによってユーザーが求める作業を自動化することで、既存顧客を大切にする開発体制への移行を実現しました。
この成功を見て、5年間で見れば15%以上LTVが上昇する試算から、 2015年にはMicrosoftも主力ビジネスアプリをOffice 365としてサブスク化しました。
そうした動きから、Appleは2014年にBeats Electronicsを買収し、ヘッドフォンはApple傘下のブランドとして継続しながら、サブスクリプション型の音楽サービスを「Apple Music」として2015年にリリースしました。
こうして、AppleもSpotify同様のストリーミング型音楽サービスを実現し、自由を阻害する敵ではなく、音楽を自由に楽しむサービスを提供するライバルとなったのです。